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傾聴カウンセリング・傾聴セラピー 

傾聴とは、目で耳で心で聴くことです。傾聴をご紹介します。

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様々な心の状態

東札幌病院の緩和ケア病棟の石垣靖子によると、「末期がんにおける患者は様々な症状があるが、特に心の状態に関しては、不安が30.5%、いらいら26.7%、うつ傾向24.8%」とのことである。



看護師の堀成美はHIV感染のカウンセリングをしているが、彼女は、「患者は、HIV感染のリスクに不安を感じており、その不安は大きく4つある」と述べている。

1番目の不安は、実際に自分がとった行為によって強く感染を疑うことにより生じる不安である。

感染が疑われるような行為を自覚していて、感染したのではないかと強く思うことにより起こる不安である。

最初の不安は、まだ何も自覚症状はないのだが、「もしかしたらエイズにかかってしまったのではないか」と思うことなのである。

2番目は、自覚症状があり、それがエイズの症状なのではないかと思って生じる不安である。

3番目は、感染したらその後どうすればいいのだろうといった漠然とした不安である。

人や職場にどのように言うべきかなど、いろいろ考えてしまうことによって起こる不安である。

4番目は、感染したことにより自己イメージ、人間関係、社会的地位を失ってしまうのではないかという現実的な不安である。

そして、堀は、「HIV感染のリスクにおいては、抗体検査に関連したメンタルヘルス、慢性疾患としてHIV疾患に感染した人が生涯この病気と戦っていくといった場合のメンタルヘルス、ライフイベントすなわち人生において非常に大きな転機が起こった場合のメンタルヘルス、そして、これらに対応している看護師のメンタルヘルスといった課題が起こる」と述べている。

難病の患者の不安は、「一生治らないのでなないか」ということである。症状あるいは障害が重くなる一方なのではないだろうかという不安である。

「寝たきりになってしまうのではないか。死んでしまうのではないだろうか」という不安から医療不信が起こり、そこから生じる不安というものがあると考えられている。

診断や治療を受けても病名をはっきりと教えてもらえない、あるいは、症状や障害が思っていたより改善されないということで医療不信が起こってきており、これから先どうなっていくのであろうと、高鳥邦子が述べている。

急性重症とは、突然具合が悪くなって、それも生死に深く関わるような症状が起こってくる状態のことである。

そのとき、心の問題として起こってくるのは、正常範囲のものととても強い不安状態や抑鬱状態で、かえって躁的な気分躁状態になってしまう。

いろいろと気をやむ心気的な状態となる。そして、退行状態になり、それまでできていたことができなくなって、人に助けを求めるようになったり、甘えるような言葉を使うようになったりする。

せん妄はよく現れる。

妄想状態、幻覚など何らかの問題行動が出てきて、治療を拒否したり、点滴を抜いてしまったり、潜在していた精神病が顕在化したりする。

それから、今まで発症しないでいた精神障害が、こういう大きなことをきっかけとして発症する場合がある。

小児ではどんなことが起こりやすいのかということを、舟島なをみは、分離不安を体験した小児のことを次のように述べている。

「第1段階は抵抗の段階で、とても大きな声を出したり、泣いたり叫んだりする。第2段階は絶望の段階。第3段階は、孤立および否定の段階で、自分の部屋にこもってしまうということがある」。

死んでいく患者のことや、病気を受け入れるプロセス、障害をどう受け入れていくかという受け入れの段階について、様々なことが言われている。

特に高齢者は、不安や自尊心の低下が起こりやすい。

自尊心の低下は、特に物事の決定を自分でしないときに起こる。

周りの人が物事を決定してしまうと、無力感を感じ、自尊心が下がってしまうのである。

例えば、老人ホームに入所することを誰が決めたのかということは重要なことであり、アメリカ合衆国の研究によると、入所することを決定したのが本人の場合と家族の場合とでは、その後老人ホームへ適応していくときに大きな違いが見られるという。

自尊心が低下すると、物事を自分で決めたりコントロールしたりする感覚がなくなってしまう。

家族からすると、「本人の意思を聞くとややこしくなり面倒だから決めてしまおう」という考えなのだが、それが本人にとっては後々不適応を起こすことに繋がる。

受け入れ側にとって、家族が入所をどのように決めたかというのは重要なのである。それから、当惑の感情が生じるようである。

不安とはまた違い、「どうなってしまうのだろう?」と、どうしてよいかわからなくなってくるのである。

それから、わりと高齢者が病気になったり、施設に入所したりすると、自分の中で抑圧していた感情が表に出てくるようになる。

病気になったことがきっかけとなって、今まで家で我慢.していたことが、外に表れてくるのである。

その表れ方は、そっくりそのまま表れることもあれば、違う形で表れることもある。

例えば、とても長い間ご主人に様々なマイナス感情を抱いていた女性が病気になる。

そういうときに、ご主人に対して今まで抱いていたマイナス感情が外に表れてくることがあるが、それは、「あなたなんか嫌いよ」というのではなく、ご主人が面会に来ると、他の人とはしゃべっても、ご主人とだけはしゃべらないという具合に表れるのである。

ターミナルケアについて疑問がある。

それは、看護師が一体どこまで看護をするのかということである。

患者が亡くなった場合、看護師は遺族に対してどこまでケアをすべきなのであろうか。

おそらく病院では、亡くなった患者が病院から出棺される際の見送りをするところまでであろう。

一般的には、そのあと葬儀が行われ、ある種の儀式があったり、四十九日があったりするのだが、葬儀の場にはおそらく看護師も医師もいないであろう。

葬儀の場に、あまり医療者は現れない。それでいいのかもしれない。

気になるのは、看護師のケアの範囲を生まれてから死ぬまでだとすると、生まれる前のケアはしている。

妊娠するためのケアや不妊治療もするし、相談にも乗る。

もっと前に遡って、思春期の若者たちに将来の結婚生活についての指導をすることさえある。

生まれてからではなく、生まれる前からケアしているのである。

妊娠後も、そして実際に生まれてくるところのケアもする。

亡くなるところまでのケアは当然しているのだが、亡くなった後はどこまでケアをするべきなのであろうか。

どこまでが看護師の役割なのであろうか。

人の一生をケアしていくのだとすれば、どこが終わりなのだろうか。

アメリカ合衆国では、ホスピスで亡くなった患者の遺族に対して、1年後までは大体ケアする。

葬儀には行かないかもしれないが、メモリアルのときは、遺族に対して、家族への悲嘆のケアをしていく。

日本では、これは医療従事者ではなく、宗教家あるいは家族や親族に委ねられている。

亡くなった後まで医療者と会っていくケースというのはほとんどなく、特別に濃厚な関係がある場合に限られている。

「今のままで充分ではないか」とか、「看護師はもっとできることがあるのか、あるいはするべきなのか」、ということを検討すべきなのである。

このような疑問が出てきた理由は以下の通りである。

入院中は、患者も家族も、医師や看護師をとても信頼していて、仮にターミナルの状態だとすると、家族は、医師の説明の一言や看護師の対応の一言に安心したりしながら反応している。

しかし、患者が亡くなって、病院から出棺された後は、その関係が途端になくなってしまうのである。

今までとても信頼していた人からパッと関係を切られて、後は宗教家か親族に委ねられる。

今まではそれが当たり前だとされていたが、最近少し疑問に思う。理由は生まれる前のことを考えてみればわかる。

では、アメリカ合衆国におけるホスピスケアをお手本にして、1年後までケアするものなのか、あるいはもっとずっと先までケアしていくのか。

3回忌7回忌とずっとケアしていけば、看護師はますます大変になる。

人の誕生から死まで、あるいは誕生前から死後まで、はたしてどこまでケアをしていくべきなのだろうか。

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